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「決別」本編②~えっ、組織、移動しちゃうのぉ

では、続き。

(※思い出したが、この辺りで、私は実家を出ていたのだった・・・。
実家から、歩いて20分くらいのところにアパートを借りて、しばらく住んでいた。)

アパート内でも、勤行だけはサボらず続けていた。
しばらく日が経ったあと、紹介者から、再び連絡が来る。

「本部会館(現・東京会館)に一緒に参詣しましょう。
そのときに、女子部のお友達を紹介するからね。」と。

はぁ・・・、そうですか・・・

なんとなく不安になったが、まぁ会ってみよう。

後日、会館前で紹介者と待ち合わせ。
到着後
中の仏間で題目三唱(顕正会では「御本尊様にご挨拶する」という言い方をしていた)し

会館の出口まで行くと

すでに、その「お友達」が待っていた。

当時の私、19歳。
「お友達」、いわゆる女子部の先輩、は
20代の方~30代後半の方々の組織のようだ。

私は、紹介者の所属している「婦人部」より、「女子部」へ所属先を移籍するらしい。
(いつのまにか、そういうことになっていたwww)
正直、戸惑ったが
よくわからないので言われるまま、紹介を受け、その女子部のお友達と、いろいろしゃべった。

入信後に渡された「折伏理論書」という、『いかにも』な書籍を一緒に読み合わせしたり、して
だんだんと、顕正会が今、どんなことをしているのか、を知っていった。
そして・・・
「まめたろうさん、ぜひ知り合いの方を折伏して、功徳を積もうよ」と。
来た来た・・・wwwww

そう、やっぱりコレが目的なんだよね。
組織ですから。人を増やして金も増やして、力をつける。

・・・決別して、完全に離れた今は、なんでも言えるんだけどね、
当時は、
『人集め』だという認識もなく、『ノルマ』という意識もなかったんだ。

・・・ここが、顕正会の巧みなところなんだけど
「日蓮大聖人の御遺命(遺言のこと)は
『広宣流布・国立戒壇建立』というもので
これを達成するために、顕正会は存在し、また、
御遺命が達成されたら会は解散する」というハナシだった。

※(顕正会解釈の)広宣流布(こうせんるふ)とは
他の謗法(邪宗や邪教、いわゆる顕正会での仏法実践以外すべて)を捨て
ただ南無妙・・・と日本人皆が唱え、信じ奉ること。

また、(顕正会解釈の)国立戒壇(こくりつかいだん)建立とは
国で、戒壇の大御本尊を安置する建物を建て、国教とする状態、をいう。


・・・そんな馬鹿な・・・と、
今、自分で文字に起こしてみて、実感しますwww


しかし当時のわたしは
「解散すること前提で、国の平穏のために、真剣に布教する団体なんて他には無い!」なんて
感激(笑)してしまったのである・・・

わたし、だまされやす・・・いや、純粋な奴だったなぁ (゚∀。)アヒャ

そんな、だまされやすい、純粋でまじめな19歳だったわたし、
よくわからないけど、まずいろんな人に話をしてみよう!と思ってしまい

次々と知人友人に連絡を取りはじめたのである・・・

ここからしばらくは、先輩と一緒に
相手が、話を聞く聞かないにかかわらず(笑)、
ほぼ毎週のように「折伏活動という名の勧誘行為」を続けていた。

もちろん、ほとんどの人が入信を拒んだ。
無理やり会館まで引っ張っていくことは・・・なかったと思うが

今思えば

「おためし」だから、とか
「お金がほとんどかからないから」とか、言って

小手先の口説き文句を使っていたような・・・w

やっぱり、あらためて、これは、人集めだわ。

「会」の都合のいいように、日蓮大聖人の仏法を解釈して会員を扇動し
大事な法華経の御文や題目を、勧誘活動のために利用していたんだな・・・と。

そんな会の都合のいいように
わたしもさんざん利用されていたんだな、と。

うん・・・でも
私のように、仏教になんとなく興味があったり
親族が仏教徒だったりすると
とっかかりの勤行に対しては違和感なくやっちゃうけど


そうでもない、いや、むしろ
元々宗教を毛嫌いしてて、
最初は反発した人たちなんかも
今、熱心に幹部をやってたりするんだよね。


それ、世間から見ても、不思議な現象だよね~・・・


次回は
そこのところの「会の巧みさ」もふくめて
組織活動の体験談、
金銭的な部分についても触れていきます。


長文で乱文に、お付き合いいただき、ありがとうございます。
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