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SNSとの「関わり方」と、メンタルケア。②(長文ですよ)

①の続き。

ニュースでも、さんざん取り上げられていた、
『twitterでジサツ志願者を募って呼び出し、複数人を殺害した事件』を踏まえて
個人的に思っていることを書きます。
(①と同じく、もし、不快な表現がございましたら、華麗にスルーーーしてください。)

「言葉を、不特定多数の人々に向けて放つ」ということができたのは
昔は、著名人や、国を支える立場の方々だった。
今では、ネット普及も相まって
「一般人」が、世界中に、いとも簡単に自己主張できる。
よく考えたら、とっても恐ろしいことなんだが
(わたしも若干麻痺しているのか、普段から気軽にTwitterで発信しているが・・・)

わたしは
10年ほど前に、別のブログコンテンツでお世話になっていて、そこでブログページを持っていた。
今考えると、当時、ネットビギナーだったから、怖いもんしらずで
自分の旧姓で実名出しちゃったり、家族への悪口書いちゃったり・・・(;д;)
勤め先の営業の宣伝をしたり・・・して、
個人が特定できる状況にしてしまったことがある。

とくに悪口の件で、相方の友人から本気で心配されてしまったり、
勤め先のごひいきのお客様が、「〇〇さん、今、体調良くないんだってねえ~」なんて
当時の会社の社長と会話してたり、ってことがあったんだ (゚д゚)
そんな、イタイ経験をしてから、やっと、ネットの世界をなめていた自分に気が付き、
色々と気を付けるようになった。

もし、その経験がなかったら、
わたしは未だに、自ら個人情報を流していたことだろう・・・

みなさんにも、こういう思いは、してほしくない。

・・・ちょっと、話がずれたんで、もとにもどします。
(こっからは、ちょっと重たい話も出てきますのでご了承ください。)

どんな言葉でも発信できちゃうネットの世界ですが
本気で悩んでいる人も、おふざけの人も、います。
前者の方々のために、なにかの力になってあげたいと声をかけてくる人も多いです。

世の中、「悩みのまったく無い人生を送っている」人なんて、いないと思います。
悩みの大きさも種類も、十人十色。

かくいうわたしも、大昔の話ではあるけれども
小学校低学年時代、いじめを受けたこともあり(担任が、いじめた側を「擁護」したという事実あり・・・)
また、クラス替えの後も、詳しい理由もわからないまま、仲良くしていた友達から急に無視されたり、
中学校では、演劇で目立つ役を演じて、校内で有名になってチヤホヤされたことが原因で、
同じ部活ではない上級生から、
教室の私の机にいろんな色の油性マジックで悪口書いてカラフルにされたり、
部室の黒板に嫉妬の悪口を書かれたり、ね。
それも・・・「しね」って書いてあったぜ!中年となった今なら、直接文句言い返してやるんだが・・・(笑)

他にもね、いろいろ、あった。
学校を卒業して、社会人になって、結婚するまでの間のほうが、もっともっといろいろあった。

だから
「しにたい」なんてね、もう、何千回考えたかわからないよ。
具体的に、その方法も自分で考えたり、実行している状況を妄想して、その場をやり過ごしたけれども。

今、問題になっているSNSでの事件だって
本気で悩んで、だれにも相談できなくて、
この世界から逃げたい、しにたい、って悩んでる人が、どれだけいるか。
その気持ちがものすごくわかるからこそ、今回の事件、ほんとに許せんよ。

ジサツ志願者のサイトってのは、世の中に実在していて
シュウダンジサツ、なんてのも、かなり前から実行している。
テレビ等で、過剰にピンポイントに、一つの事件を掘り下げまくって
世の中を煽るコメンテーターの言葉を、毎日聞き続けていたら、そりゃー考え方も偏るわ。
「そんな恐ろしいTwitterなんか、やめろ」って言いたくなるよね。
わたし今、中年だけど、実家の親に、上記のごとく言われたよw( ̄o ̄)w
・・・中年相手の親でさえ、そう思うんだから、
思春期の子がこっそりTwitterやってたら、そりゃー心配になるよねぇ。
同じような事件が、また起こるんではないか、と。

・・・そうだね、
残念ながら、こういう事件は、
未来の文化が、どういうつながりに変化しようが、無くなることはないと思うよ。
需要と供給は、ビジネスの世界だけじゃない。
犯罪の世界にもにも、ある。

それが、ジサツ志願者のサイトにもあるわけで。
しにたいひと、と、その機会を作るサイト側と、で。

・・・、
今、この瞬間にも、
誰にも直接、悩みや思いを話せずにいたり、

また、話をしたとしても、軽くあしらわれたり、
「その考え方はおかしい」と真っ向から思考を否定されたり、
(↑これは私の実体験)
あると、思う。

承認欲求が満たされないと、人間は、底から這い上がるのがしんどくなる。
『大げさに励ます』とか、『そんな考えでは人生損するぞ!』とか、
そういうのはいらないんだ。
それは、こういう状況においては、逆効果。

話を聞いてもらい、
「そうか、そういうふうに考えているんだね。辛いよね。」ってふわっと言ってもらえるだけで、
承認欲求は満たされ始め、かなり這い上がることができる。
そこから、いろんな話をして、
なにか、その本人にとっての「いい方向」に向くきっかけが出てきたら、
もう、底から完全に這い上がったも同然だ。

…個人的に、私が「暗い苦しい底なし沼」から、這い上がったきっかけは
歌だ。
とくに、槇原敬之さんの歌だ。
ちょっとしたメッセージなのかもしれないが
心の琴線に、思いっきり触れまくってくるのだ。
奥底にあるはずの、私の心の琴線も、目の前に丸出しになってしまう。
今も聴いている。車の中でも、家の中でも。
琴線、揺さぶられる。涙腺、締まりがなくなる。
優しい歌声に、そして
「そうだ、一緒に這い上がってみようか」とやさしく響く歌詞に、反応する。
まるで、パブロフの犬だ。

とくに響くのは
アルバムで言うと
『太陽』『LIFE IN DOWNTOWN』
『不安の中に手を突っ込んで』。
歌詞が染みるよ。

ちょっとした、心の凹みを感じた時にもいい。

シングルの
『太陽』は、
今、八方ふさがりになって、
自分の思考がぐるぐるとマイナススパイラルになっている人へ。
一筋の光明を見出してくれる楽曲です。

アルバムはこちら。

結構前のアルバムだから、聴いたことがある人も多いかも。

とにかく最高です。



あなたに合う、いろいろな、「這い上がるきっかけ」をたくさん持ってほしい・・・と願う夜でした。
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